塾舎.(じゅくや)

『アッ わかった!』が多くなる
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路面電車Tram

 (Glenelg Beachから市内まで)

 

  

海岸と海岸沿いの遊歩道

(Glenelg Beach)

 

  

 アデレードを上からと駅

   

  

市内とNorth Terrace

(大学やヨーロッパ風建築物が軒を連ねる通り)

 

  

Victoria Square

(真夏のクリスマス)

サンタさん、見てて暑いよ。着込みすぎ・・・

今年も裸でサーフィンするの?

(DAVID JONES前)

 

  

Victoria Square全体

Rundle Streetの夜の賑わい

 

   

 Silver Balls

(Rundle Mallにて)

ぶた・ぶた・こぶた♪♪

(同じくRundle Mallにて)

 

  

China TownとCity Markets

(よくお世話になりました。)

 と

Clipsel 500

(アデレードで開催されるレース)

 

Torrens River

 

Adelaide hills (写真奥にはワイン用のブドウ畑)

 

画像をクリックしてください。地図以外は大きくなります。

 

 

 アデレードはオーストラリアの南オーストラリア州にあります。 

         

 

 

 

1996年から2年半の間、僕はアデレードで留学生活を送っていました。 

 ここでは、その頃のことをブログ風に書いていこうと思います。

(9/4/2007) 

 

 

 

  学校選び  

 

まず、僕が行った学校のことから お話しましょう。まず最初の半年は

SACEという英会話学校に行っていました。

そして残りはAdelaide Hospitality and Tourism Schoolという

これも私立の専門学校で旅行関係を学んでいました。

(なんで塾の講師なのに旅行関係なのでしょう????)

 

語学学校を選ぶときには、できるだけ日本人のあまり行っていない学校

を選ぶように気をつけました。当時は今ほどネットも発達しておらず、

本屋さんでオーストラリアの学校の本を買って調べ、めぼしい学校があれば

そこに旅行会社を通じてコンタクトを取り、日本人の人数や内容を聞いていました。

そこで決めたのがSACEでした。

 

そこで学んでいる日本人は当時少なかったですね。アジア系で一番多かったのが

韓国人です。彼らはすごく能動的で積極的でした。国民性ですね。

次いで香港と台湾からの留学生が来ていました。

ヨーロッパ系では当時、スイス人・スウェーデン人・ドイツ人などが多かったです。

(10/4/2007)

 

 

 なぜオーストラリア? 

 

ここを見てくださった人からのメールで「どうしてオーストラリアを選んだんですか?」

と言う質問をいただきました。

 

答えは

イチバン安かったからです。

当時1オーストラリアドル≒90円くらいだったように覚えています。

(もっと安かったかも)

(10/12/2007)

 

 

 生活開始  

 

空港について飛行機を降りた瞬間から日本語は使えなくなります。

(キャビンアテンダントの方の中には日本語を話せる人もいましたから。)

入国の審査を受けるところから英語なんです(><;)

 

見るからにオーストラリア人のすごく貫禄のある通関のオッチャンに

What's your purpose of your visit?

(訪問の目的は???)

って聞かれるんですよ。。。

〈当然オーストラリアなまりだし早くしゃべるし、僕は目が点状態(・。・;)・・・〉

初めての海外・・・緊張しまくりでした。。。

 

というわけでオーストラリアに住み始めれば、毎日の生活が強制的に英語の勉強です。

赤っ恥をかきながらの毎日・・・おもしろかったですよ~。。。

 

たとえば・・・ 

 銀行で口座開いてカード作るときなんか、

銀行のオバチャンの言ってることが聞き取れず聞き返したら、

眉間にしわよせてにらみつけられたよ。。。(こんなことはよく覚えてるな~)

(11/5/2007)

 

 

 バイク買いました

 

初めの3ヶ月はホームステイをしていたわけですが、行動範囲は

バスでの登下校と、友達と行く飲み屋街や商店街という風に

せっかくオーストラリアに来ても行動範囲が狭すぎたので

バイクを購入することにしました。

(ってお金はあまり持っていっていませんでしたよ。。。)

15万円ほどでボロボロのVT250F(初期型)を購入・・・

(ヘルメットはちゃんと持っていっていました。)

 

VT250F

 

日本ではRZ250(これも初期型)に乗っていたのでVTの加速のなさには

ガッカリしましたが、街乗りやツーリングには乗りやすくてよかったです。

(11/5/2007)

 

 

 アルバイトも始めました  

 

バイクを買ってしまうとお金がなくなりました・・・(><;)

ホームステイ先も3ヶ月目には出て、韓国人と台湾人の友人たちと

share house(割り勘で家やアパート等を借りること)をして住むことにしました。

 

平日の学校が終わってからの時間を使って

アルバイトをしようと思いCity Marketの辺りで探してみました。

 

できれば飲食店希望!

理由は簡単!「まかない」が出るから~・・・

5軒ほどまわって、やっとこさ雇ってくれるところ発見

ベトナムラーメン屋さん(すごくよくしゃべるオバちゃん経営)が拾ってくれた(^^)

  (12/8/2007)

 

 

 

 日々学校アルバイト

 

アルバイトを始めてみるといろいろな国籍のお客さんと話すので

いろんな話し方をする人たちと会話が出来ます。

中国系・韓国系・東南アジア系の方々は

強い癖のある話し方をします。

ヨーロッパ系の方は

あまり来なかったですね~

常連さんが来るようなチッチャなラーメン店だったので・・・

 

 

一つ辛かったことは、毎日バイト先へ行くといつも一番に

生の赤とうがらしを千切りしないといけなかったこと・・・

(日本のとうがらしは乾燥させてますよね)

 

切り始めは何ということもないのですが、ボール山盛り

に積まれた生赤とうがらしを切り続けると、爪と皮膚の間から

とうがらしエキスが入ってきてその痛みときたら・・・

指先が3倍に膨れているような痛み・・・

って分かりづらいかな?

  (1/28/2008)

 

 

 

 バンドを始めました 

 

日本では大学を卒業してからもバンドはやっていましたが、ロックや

ハードロックといったジャンルばっかりでした。

 

アデレードでは、

あるきっかけでインターナショナルな顔ぶれの揃ってるバンドを

組むこととなりました。メンバー構成は

 

ドラマー(日本)

ベーシスト(香港)

ギタリスト(スウェーデン)

ピアニスト(台湾)

コーラス2人(韓国)

歌い手(日本人・僕)

 

という構成でした。

 

そしてジャンルは“ソウル”とか“R&B"とか呼ばれるもので

アーティストでいうと『スティービーワンダー』なんかが有名。

 

でもやった曲は、『ザ・コミットメンツ』という映画のために素人の

音楽やってる若者を集めて作ったバンドの曲をやりました。

 

ソウルの有名人たちの曲をかっこよくカバーしてます。

↓ 『ザ・コミットメンツ』CDジャケット ↓

 

語学学校に通うインターナショナルなメンバーがやってる

バンドだけあって、初めのうちは相手のことを理解しようと

互いに『忍』の字で、相手の言いたいことを確実に理解

しようと努力していました。

 

すると初めはやる気だけが空回りしあってて硬かった雰囲気も

柔らかくなって、みんなが楽しめるすごくいいバンドができました。

 

ライブも2度イベントに出させてもらいました。

 

ベーシスト(香港)はちょうど僕と握手してる写真が載ってますね(^^)

(2/19/2008) 

 

 

 

 

☆☆☆関連リンク☆☆☆

 

South Australian  College of English(学校のHP)

 

Adelaide Hospitality and Tourism School

(1981年設立の現地の人しか行かないような旅行関係の学校)

 

 

 

アデレードで夢に向かって生活している、

日本人家族Kappa & Sumin さんのホームページです。

(実生活をされている視点からなので、非常に現実的)

 

南オーストラリア州のホームページ(日本語)

 

 

同じく南オーストラリア州のホームページ(英語版)

 

 

 

夜景・・・ 

 

 

☆ Send me your message ☆

 

語学学校の時のクラス

(一番後ろの列にいます。)

 

友達・・・みんな元気か?

 

How's it goin',mate?

(Rundle Street沿いのバーにて)

 

先生と・・・

(ちなみに同年齢)

 

バイクで旅してます。

(Great Ocean Roadに沿って)

 

端午の節句の夕暮れ

(Glenelg Beachにて)

 

kangaroo islandにて・・・

(な~にやってんだか・・・)

 

ホームステイ時の僕の部屋

(机の上には日本酒が・・・)

 

祭りの後の静けさ・・・

(自分のshare houseにて)